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Bo! [ボッ]
第12回「厨房で、話そう。」 伊藤 文彰 聞き手 大沢晴美 フランス料理文化センター 事務局長
① 来てくれた人たちが、元気になってくれること。それが、レストランの理想型だと思う。
② いつも、同じ結果が欲しければ、いつも、違う過程を探るしかないんです。
来てくれた人たちが、元気になってくれること。それが、レストランの理想型だと思う。
  調理中の写真  
 
  大沢 このように伊藤シェフとの対談が実現できたのも、私どものフランス料理文化センターが20周年を迎えるということもあるかと思います。伊藤シェフと私が初めてお会いしたのもちょうどその頃で、フランス料理文化センターができる2年前でしたね。今から22年前に京都にいた伊藤シェフが、フランスに留学されようと決めたのは、どのような想いからだったのでしょうか?  
伊藤 僕は洋食屋の息子として生まれたんです。ただ、父親はもともと料理人ではないので、父親から料理を教わったわけではなく、うちの厨房で働いていたチーフが、僕の料理人の中の親父みたいなものでした。
ちょうどその当時は、ヌーベルキュイジーヌ(新しいフランス料理への流れ)が始まるころだったんですね。でも僕に料理を教えてくれたチーフは、その潮流に対して否定的な人だったんです。その中で兄と二人で洋食屋の跡を継いだわけですが、やっぱりすごく不安でした。「自分たちのフレンチは、本当にこれでいいんだろうか」って、自問自答することが多かった。その時にちょうど京都でフランス料理文化センターが開校されるというのを聞いて、もう僕にとっては渡りに船ということでフランスに渡りました。
    伊藤さんと大沢さんの写真  
 
        
 
  大沢 そこでいろいろな経験をされて、日本に戻っていらっしゃいましたよね。東京に初めてオープンしたレストランが本郷で、その次が東大・駒場キャンパス内の大きなレストラン。あれを見て私は「伊藤さんは自分のやりたいことを極められたんだな」と思っていたんです。
でも、次にオープンされたこちらの「ビストロ ド エル」は、規模の小さいお店にされましたよね。もう一度、レストランのオーナーシェフとして再出発というか、ある意味では冒険だったと思うんですけど。
 
  伊藤 僕の原点は、これなんですよ。両親から仕事を引き継いだときのお店も、これくらいの規模でした。この店は僕が50歳の時にオープンしたんですけど、僕の中で「自分らしい料理ってこういう感じかな?」というのが少しずつ見えてきたんです。それをカタチにしてみたかったんです。  
    料理の写真  
    それと、中目黒のようないろんな価値観が交差する場所で、自分のアンテナを張っておきたかったという想いもありましたね。自分の思う料理をつくってお客さまに出して、そこで反応を見たりお話をしたりすることが重要かなと。そうすれば自分自身がいつまでも錆びないと思うんですよ。  
 
     
 
  大沢 なるほど。そんな30年近いキャリアを持つ伊藤さんにとって、理想のレストランとはどのようなものでしょうか。  
伊藤 たとえば、パリなんかでは喫茶店やレストランに芸術家や、小説家などいろんな人が集まって、知らない者どうしで語らいが生まれたりしますよね。僕はそれが本質だと思っています。初めてのデートでガチガチになっている人もいるでしょうし、もちろん常連さんもいるでしょう。そこに集まる人たちの中で、何か物語が生まれていくのが面白いと思うんです。
それともう一つの答えはレストランの語源「レストレー」にあると思います。「レストレー」というフランス語には、「元気を回復させる」という意味があるんですよね。その場に来てくれた方が元気になっていただけるレストランが、やはり理想型だと思いますね。
 
    厨房で調理中の写真  
 
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  「ビストロ ド エル」の詳細はこちら
  http://www.leversonverre-tokyo.com
 
   
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