厨房談義[第15回] 医療現場における栄養士の役割 「これからの栄養士は、食のコーディネーターに」
学校法人服部学園 理事長
服部栄養専門学校 校長
医学博士/健康大使
服部幸應氏
- PROFILE
- 1945年東京都生まれ。立教大学社会学部卒業、昭和大学医学部博士課程修了。学校法人服部学園理事長、服部栄養専門学校校長、医学博士/健康大使。料理・健康に関するメディアで広く活躍する傍ら、ライフワークとして「食育」の普及に取り組む。内閣府に設けられた「食育推進会議」の委員も務め、2005年には念願の「食育基本法」制定に尽力した。著書は『世界の四大料理基本事典』『服部幸應流 うまい料理の方程式』『食育のすすめ』など多数。藍綬褒章、厚生大臣表彰、文部大臣表彰など他多数受賞。
長年に渡り、食の専門家の育成に尽力してきた服部幸應氏。一方で、医学博士でもある服部氏は、25年以上も前から「病院食」に関心を持ち、様々な課題を追求してきました。そこで、医療と食の関係を踏まえつつ、これからの時代に求められる病院食や、医療現場で働く栄養士に期待することなど、「食と医療の現場」について広くお話を伺いました。
──医療と食の関係についてお聞かせください。
- 服部
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病気を治すには薬だけではだめなんです。きちんと食べれば体力がつき、体力がつけば薬の効果が高まります。つまり免疫力を上げるには、食環境を整えることが不可欠なのです。ところが現在の医療現場では、食環境の重要性があまり認識されていません。
その現れの一つに、「料理の見た目」があります。一般的に、病室では蛍光灯が使われていますが、蛍光灯の下では赤い色も青っぽく見えてしまいます。それに比べ、温かみがあり料理をおいしそうに見せるのが白熱球です。20年ほど前、アメリカの大学病院で行われた実験によれば、蛍光灯の下で食事をした患者の平均入院日数が約3週間だったのに対し、白熱球のほうは約2週間だったそうです。
また、臭覚も食環境を整える重要な要素です。例えば、うなぎ屋の前を通ってにおいを嗅ぐと、思わず食欲をそそられることがありますよね。それは、脳内でトリプトファンという必須アミノ酸が分解され、セロトニンという脳内物質が出ているからなのです。
視覚や臭覚だけでなくあらゆる感覚が食欲につながっているわけですから、料理をおいしく感じさせる食環境の整備はとても重要なことなのです。そのことに気づく感性が、食に携わるプロである栄養士には必要だと思いますよ。
──病院で働く栄養士から「患者さんに喜ばれる食事を提供するには、どうすればいいのか」といった相談をよく受けるそうですね。
- 服部
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相談される度に必ずお伝えしているのが、「調理の大切さ」です。ともすれば、食材のカロリー計算など栄養学上の数字ばかりに意識が向きがちですが、栄養素の計算だけに視野をとらわれているうちは、理想とする病院食にたどりつけません。味や見た目を優先させて調理師が先に調理したメニューに対して、カロリー計算を行い調整してみる、といった発想の転換が、これからの栄養士には必要ではないでしょうか。
とはいえ、現場で栄養士と調理師が力を合わせていくことは、容易いことではないですよね。ある病院では、新メニューを開発するにあたり、栄養士と調理師が「自分が考えたメニューが最適だ」と主張してお互い譲らず、ケンカになってしまったとか。けれど結果的には、お互いの良さを引き出し合いながら、おいしくて体に良い理想の新メニューが開発されたそうです。その背景には、患者さんに健康になって欲しいという栄養士の思いと、おいしい料理を作りたいという調理師の思いがあったからこそ。ですから、栄養士の皆さんが熱意をぶつけていけば現場は変わっていくと思いますよ。
その際に気を付けたいのは、何でも自分だけでやろうと思わないこと。現場の調理師に限らず、日頃から身近にいる料理上手な人とコミュニケーションをとって、「おいしい料理を作るにはどうすればいいのか」を考える習慣を身につけて欲しいと思います。