厨房談義[第22回] 学校給食における衛生管理の実践 「ノロウイルス等による食中毒を防止するためには “なぜ必要か?”という問題意識が大切です。」
東京医科大学兼任教授(医学博士)
中村明子 氏
- PROFILE
- 共立薬科大学薬学部(現 慶應義塾大学薬学部)卒業。厚生省国立予防衛生研究所(現 国立感染症研究所)にて、感染症とくに食中毒起因菌の研究に従事。文部科学省、東京都で食中毒対策委員を歴任。現在、東京医科大学兼任教授、国立感染症研究所感染症情報センター客員研究員、東京大学医学部客員研究員。専門は腸内細菌の病原性および腸管感染症の疫学の研究。学校給食における食中毒予防のため、数多くの衛生管理の指導を行っている。
近年、食中毒の発生件数のトップを占めるのが「ノロウイルス」です。そして最近の特徴は、感染した調理従事者の「手指」を介して、食品等を汚染するケースが増えていることです。
ノロウイルスによる汚染を防止するために、具体的にどうしたらよいのか。実践的な衛生管理のポイントを、中村先生に詳しくうかがいました。
──ノロウイルス食中毒対策は、何から始めるべくでしょうか。
- 中村
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まず調理従事者の健康や衛生について、「日常点検表」を使って必ずチェックすることです。本人はもちろん、家族の体調不良(発熱・おう吐・下痢等)も正確に把握することが重要です。中には自覚症状がない従事者もいますから、出勤時に管理者が健康状態をしっかりと把握してください。
平成26年1月に浜松市で発生したノロウイルス食中毒では、有症者1,178名という大規模なものとなりました。原因は食パン製造業者で、そのうち3名は症状のない不顕性感染者でした。従って、点検表に単に「○」をつけるのではなく、健康状態の把握を厳格に行い、以下に述べる手洗いの徹底や手袋の使用について、十分に注意を払う必要があります。
──食中毒を防止する「正しい手洗い」とは、どのようなものでしょうか?
設問 手の汚れの80〜90%は手のどこに集中している?
- 1 手のひら
- 2 指の間
- 3 指の先
- 中村
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この設問の正解は「指の先」です。手の汚れの80〜90%は指先に集中しており、過去の事例では、うどんのトッピングのネギを原因とする食中毒も起こっているのです。
そこで「学校給食における標準的な手洗いマニュアル一覧表(文科省)」にそって、手洗いが徹底されているかが非常に重要になります。単に貼っているだけではなく、マニュアル通りの手洗いが実行されているかを、再度見直してください。
──「手洗い設備」とは、どんな要件を満たすべきでしょうか?
- 中村
学校給食衛生管理基準にそって、ポイントを説明しましょう。
(1)給水栓は「手回し式」ではなく、「自動式・足踏み式」であること。
(2)シンクのサイズは、「肘まで洗える」大きさであること。
(3)個人用の「爪ブラシ」を設置していること。
(4)逆性石けんではなく、「消毒用アルコール」を設置していること。
(5)「手洗いマニュアル」を掲示していること。ここで重要なのは、「なぜそれが必要なのか」を伝えることです。たとえば、手回し式の給水栓がダメな理由は、洗う前の手指についたウイルスが付着してしまうからです。同じように、レバー式の給水栓が設置されている場合には、これを手指ではなく肘で操作しなくてはなりません。こうした基本的なことを確実に伝えることが、とても大切なのです。
この他にも、ATP拭き取り検査で定期的に手指の衛生度を確認すること、布タオルではなくペーパータオルを常備すること、温水設備を整えて汚れ落ちを良くすること等々、徹底した手洗いを実施してください。
──調理場の床と、トイレ設備について留意点を教えてください。
- 中村
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調理場の床は、常に乾燥状態を維持しなくてはなりません。よく誤解されているのですが、調理作業中だけ床を水浸しにしなければよい、というわけではありません。清掃時に水とデッキブラシを使った後、水浸しのまま放置すると夜間に菌などが増殖しますから、止めてください。
調理場の床に水分を落とさない調理作業を「ドライ運用」といいます。これは、栄養分と水分を断つことで微生物の増殖を防止し、同時に床からの跳ね水による二次汚染を防止するものです。以前はゴム製の調理靴やエプロンを着用することもありましたが、ドライ運用を行うことで軽装でよくなり、調理従事者の身体への負担も軽くなりました。
設問 ノロウイルス患者のふん便1gに含まれているウイルスの数は?
- 1 1万個以上
- 2 1000万個以上
- 3 10億個以上
──トイレでの手洗いは、特に重要だと伺っています。
- 中村
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その通りです。ノロウイルス患者のふん便1gに含まれるウイルスの数は10億個以上です。確実な手洗いを怠ったり、トイレ設備が適切でないと、それが外部に出て食中毒の大きな原因となるのです。
ノロウイルスは、実は18個で発症することがわかっています。だからこそ、十分に注意していただきたいのです。用便後の手洗いは着衣の前に行うこと、用便後の水はふたをした後に流すことなど、細かなことですが実行してください。
──それで専用トイレの個室内に、手洗い設備が必要なのですね。
- 中村
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そのとりです。個室内に手洗いがないと、用便後の手指を介して、ドアノブ等にウイルスや細菌が付着し、次の人の手指を汚染します。だから衣服を整える前に手洗いができるように、個室内に手洗いが必要になるのです。